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私達の経験
■橋本 絵美子さん
2007年、いぶき3歳の夏休み、海外旅行中に鼻血が止まらなくなりました。

帰国翌朝、阪大病院小児科の外来に駆けつけ、血液検査の結果、診断は再生不良性貧血。4段階のうち最悪の最重症。

実は20数年前、母である私も同じく再生不良性貧血と診断され、入通院合わせて5年以上の闘病生活を送ったサバイバーです。

血液を自分で作ることが出来なくなるこの難病は、遺伝性ではないということでしたが、ぐったりとした娘を見て、母親としての勘 ―いやな予感― が的中してしまった形になりました。しかし当時より医療が格段に進歩していること、骨髄移植という選択肢があることを聞き、何とか気を持ち直して、その日から長い入院生活が始まりました。

まずは免疫抑制療法に望みをかけ、T市民病院に入院しました。T市民病院のスタッフは皆素晴らしい方々でしたが、感染防止のために親子で個室にこもり、誰にも会わない生活が半年近く続きました。付添い用のベッドはなく、私と主人は交代で椅子を二つあわせて寝ました。

しかしこの免疫療法は効果がなく、骨髄移植に臨むべく阪大病院に転院しました。ここで初めて大部屋になりました。それまで一人ぼっちだったいぶきは、初めて周りに子どもがいるという環境に興奮していたように思います。しかしまもなく移植病棟へ移り、また親子2人きりの生活が始まりました。

一人っ子のいぶきに、骨髄バンクからフルマッチのドナーさんを提供して頂けたことは最大の幸運でした。顔も名前も知らないその方に助けられ、移植とその後の※GVHDを乗り越え一度目の退院、再入院、再再入院と繰り返し、本当に退院できたのは1年1カ月後の夏でした。

今春、いぶきは小学3年生になりました。昨年、晩期合併症である思春期早発症の診断を受け通院は続いていますが、元気に毎日を過ごしています。けれども想像以上に大変だったのは、社会復帰の段階だったように思います。退院してからも感染防止のため引きこもる日々が続き、髪が生えそろわずステロイドで膨れた状態で外出すると、見るからに「病気の子」です。突然発作のように襲ってくる吐き気は、退院後3年近く続きました。

同世代の子どもとほとんど接する機会がないまま孤独な幼年期を過ごしたことは想像以上に尾を引き、小学生になってもなかなか友達ができませんでした。いつまでも病気の子ども扱いしてはいけない、どのように日常へシフトしていけばいいのか…現実と期待の狭間で、私たち親も戸惑っていました。

子どもだけれど、子どもだからこそ、復帰へ向けてもっとできるケアがあったのではないかと思います。患児と家族を孤独にさせない「チャイルド・ケモ・ハウス」の実現を、応援しています。

  橋本 絵美子
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