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私達の経験
■前中 江利子さん
美乃里は七歳年上の兄太一の妹として、平成17年9月27日に元気に誕生しました。

念願の女の子で久々の赤ちゃんということもあり、皆から沢山の愛情を受けスクスク育っていました。

そんな生活が一変したのは、娘が2歳8ケ月の時です。
神経芽腫のステージ4と診断され長期入院を余儀無くされたのです。

母である私は娘に付き添うため病院で、夫と兄は家でと離ればなれの生活が始まりました。息子は当時まだ小学五年生でしたので、ちゃんと学校に行けているか、寂しくはないかなどとても気掛かりでした。

病院に会いに来ても病室に子供は入れないので、兄妹でゆっくり遊ぶ事も出来ません。
プレイルームもありましたが、そこは沢山の患児とその兄弟で溢れかえり、咳をしている子や鼻水が出ている子、走り回っている子など、抗がん剤で抵抗力がない娘を遊ばせるにはあまりにも無防備過ぎる場所でした。

入院して半年が過ぎ骨髄移植のために病棟を移ると、そこにはプレイルームは勿論なく、仲の良い兄妹は少しも会うことが出来なくなってしまいました。それでも頑張りやさんで前向きな娘は、バイキンマンやっつけたらお家帰ろうねとツライ治療も三歳とは思えない精神力で踏ん張っていました。

しかし、一度目二度目の移植が生着不全でうまくいかず、三度目はなんとか生着しましたが、もう体はボロボロで凄まじい拒絶反応に耐え抜く力は残っていなかったのです。

4ヶ月ぶりに妹に会えると喜んで病院に来た息子が目にしたのは、人口呼吸機につながれ旅立とうとしている妹の姿でした。息子には心配させたくなかったので、美乃里は順調だとしか説明していませんでした。もしかしてもう退院出来るのかなと思い、喜んで会いに来た息子が美乃里の姿を見てどれだけショックをけたでしょうか。

今振り返って考えると、10ケ月の入院生活でゆっくりと家族と過ごせた時間はほとんどありませんでした。こんなことになるならもっともっと1日1日を大切にし、もっともっと家族と過ごしたかったと思います。娘に沢山の我慢をさせてしまった事を後悔しますが、今の病院の環境ではそのほとんどが我慢させるしかない様な状況です。

美乃里と一緒に闘病生活を送る事はもうありませんが、今も頑張っている子供たちの為に1日も早く夢の病院が実現し、一つでも多くの我慢がなくなる事を祈っています。

  前中 江利子
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